(6)僕がアセンションしたきっかけ

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僕の父はモラハラクソ野郎ということが、少しは理解いただけたでしょうか?

ひょっとしたら、あなたのパートナーの方がもっと酷いかも!?

パートナーがモラハラな人であると、本当に辛いですよね。お察しします。

 

 

さて、母が倒れた翌日、結局僕は学校に行くことにしました。

なぜなら、授業も厳しいですが、出席日数が非常に厳しい。

出席日数が足りなければ、否応無しで留年になります。

ですので、万が一のことで学校を休まざるを得ないことを考えると、

少しでも出席日数を稼がなければいけないわけです。

母には申し訳ないですが、少し我慢をしてもらえれば、

残り三日行くと、冬休みに入ります。

そうすれば、一日中家にることができるのです。

 

その日、自分の夕食は自分で買ってくるよう父にはラインで伝えておきました。

学校を終え家に帰ると、母は昼間と変わらず、寝室で寝ていました。

父はというと、リビングで眉間にシワを寄せ、テレビを見ている姿がドアのガラス越しから見えました。

 

イメージはこちら ↓

こんな感じ。。。

 

 

そして僕がトイレへ行って、洗面を終え、リビングに入ると、

ついさっきまでリビングにいた父はすでにいません。

 

父は家に帰ってきた僕に、

『お帰りなさい。』も言わず、さっさと寝室に行きご就寝。

ひじょーーーーに、感じが悪い。

『何だ、あのクソジジー( *`ω´)!!』

 

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では、何で父は僕にこんな態度をとるか分かりますか?

僕には分かるのです。

フフフ・・・。

それは・・・

父は僕が学校に行っているのが気に食わないのです。

 

なぜでしょう??

父の頭の中ではこうです・・・

 

『学校行ってないで、働きやがれ!!』

『学校に行っても金は稼げねーんだよ。』

『学校に行ってる時間があるんだったら、金稼げ。』

 

ってな、感じになっています。

 

確かに父と同じような意見を持つ人もいるでしょう。

30歳過ぎて、何で学校に行くの??

そもそも何の学校に行ってるの?

何の資格を取るの??

と、気になりますよね?

 

別に気にしない。。。

 

って、そんな事は言わないで下さいよ。

悲しくなりますから。

お願いだから気にしなくても気にして下さい。

 

実は僕が学校に行くと決めたのは、2011年3月11日がきっかけです。

あなたも記憶にありますね。忘れられませんよね。

 

東日本大震災。

 

あの時、僕は個人的アセンションをしました。

 

『人に感謝される仕事がしたい、

感謝されたい、

人の役に立たないと!!』

 

と、強く思ったのです。

あ、そうそう、『アセンション』を知らない人もいらっしゃいますね。

アセンションについては、またの機会で書きますからね。

ちょっと待ってて下さい。

 

そう、東日本大震災をきっかけに、個人的大変化を起こした人は数多いと言われています。

僕もおそらく、その一人です。

 

東日本大震災をきっかけに、僕はある資格を取るために、学校に行く決心をしたのです。

30歳過ぎて学校に行くなんて、自分でもびっくりでした。

 

学校は3年間。

夏休み、冬休み、春休みはありますが、月曜〜土曜まで授業があります。

週1日しか休みはありません。

学費も安いところを選びましたが、

3年間で約350万円。

学校に行くために、日本政策金融公庫に借金もしました。

 

では、僕が通っていた学校は一体何の学校でしょう?

そして、何の資格を取得したかったのでしょう?

 

この続きはまた次回に・・・

 

ちなみに、母が緊急事態になっても、僕がその学校に通っていたので、うまく対応ができました。

今考えても、30歳過ぎて、学校に通った。。。このタイミングは本当に絶妙でした。

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続く。。。

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